亜細亜の李と成 every little thing about my angels n myself

スモモ @Bertais, Lombok ⅱ儀式、儀式・・・  

2008年09月01日 月曜日 20:11:50. Days in Lombok, Indonesia 2000-2002.コメント(100)

img047 020304 バリ暦で3ケ月の儀式.jpg2002年3月4日、バリ暦で生後3ヶ月の儀式。

img048 020304.jpg img049 020304.jpg img050 020304.jpg img051 020304.jpg

バリ人は本当に儀式が多い。赤ちゃんの3ヶ月の儀式はそこまで盛大ではなく、Priestが来て家族親類全員集合・・・とまではいかないが、なにやら意味深なことを今回もたくさん行った。たくさんのお供えもの、例によってWa’TukとNi’Maがほとんど全部の用意をしてくれた。額に清めたお米をつけたり、聖水で顔中びしょびしょにしてくれたり(スモモ大泣き)、お米をザァー、ザァーとザルの上でふって波のような音をさせたり、白い糸の束をおばあさん二人で引っ張り合ったり・・・おばあさん二人が糸を取り合っているようで、かわいくて、おかしくて、これまた私は不謹慎にも笑ってしまった。

img052 020315 mandi.jpg3月15日、お昼からmandi。スモモはお湯の中で気持ちいいのかよく動くようになってきて、もうすでに私ひとりの腕では安全に支えて洗う事ができず、Ajik登場。そこへ興味深々のやんちゃな甥っ子たちが見学に。そこのシャンプー取って、それじゃないよ、そっちの白いの!、タオル渡して・・・などのお手伝いを進んでしてくれる子ども達。

そういえば私がインドネシア語を学んだのは7割程度は彼らからだった。いつも暇があったら、というか末っ子のRianは四六時中私のそばにいて(いなかったのはチフスにかかって外出禁止令が出た数週間だけ!)、いつでもApa namanya…? Apa Jepangnya…? (…はなんて名前なの?…は日本語でなぁに?)と質問攻め。私はたくさんの日本語の単語を彼に教え、代わりにたくさんのインドネシア語を彼から学んだ。インドネシア語は世界有数の簡単さらしい。だって主語、動詞、目的語全部ひっくり返ってても通じるし、動詞にはほとんど現在、過去、未来などの時制もなく、その上インドネシアの人たちはとても優しくて親切、私のつたないインドネシア語を所々助けてくれながら気長に聞いてくれた。この言語の簡単なところを例に挙げてみると・・・

Saya pergi ke toko roti. (私はパン屋さんに行きます。)

Saya mau pergi ke toko roti. (私はパン屋さんに行きたい。)

Saya pergi ke toko roti kemarin. (私は昨日パン屋さんに行った。)

Saya pergi ke toko besok. (私は明日パン屋さんに行きます。)

・・・ほら、簡単でしょう?一度、何でこんなにシンプルな言語なのかとAjikに聞いてみたことがある。彼いわく、インドネシアには1万を超える島々があって、島ごとに固有の言語が存在している。だけどそれじゃ島を渡って他の島の人と交流ができない。だから、どの島出身の人同士でも言葉が通じるように、インドネシア語というものがつくられたのだとか。さらに、インドネシア語がどの島出身の人にとっても第二言語になるわけで、習得に難くないよう、できる限りシンプルになっているのだそう。とにかく、私のインドネシア語は上述のとおりほとんど子ども達から習ったわけで、実はとても子どもっぽい言い回しだったり、ロンボク訛りだったりしてるらしい。

img053 020325.jpg3月25日、スモモ4ヶ月とちょっと。髪をちょこんと結べるように。そうだ、髪で思い出した。こちらの子は男の子でも女の子でもできるだけ早い段階で丸坊主にしないといけないらしい。どうも生まれた時の髪は汚いものという考えがあるらしい。でも私は断固反対!だって女の子だよ?大好きな、尊敬する誰に「いつ丸坊主に?」と聞かれても、こんな時だけ私は「いやぁ、私orang jepang(日本人)なんでぇ」なんて言い訳して逃げてた。そのうちみんな言わなくなって助かった。 

img055 020330 with Ayu Mera.jpg3月30日、ドイツのデュッセルドルフから弟のGus Ngurah、奥さんのErika、スモモの半年前に生まれたAyu Meraがはるばるやってきた!このカップルも私達同様、ロンボクにErikaが旅行に来て弟と出会い結婚した。当時すでに40歳を超えていたErikaと、一回り以上も年下の弟、誰もが心配したけれど、Ayu Meraのようなかわいい子も生まれ、順調にドイツで暮らしている。それにしても、ドイツの会社員はなんであんなに休暇が多いのかとうらやましい。年に数回、数週間とかひと月単位で休暇をとっている。それだけしっかり休みが取れてこそ、働いてお金を稼ぐ価値があると思う。日本だとなかなか(私は非常に安月給だったけれど)稼いだお金を気持ちよく使う機会がない気がする。

img054 020330.jpg img056 020330 with Gus Otti.jpg ←スモモのひと月後に生まれた、Mbak Ovaの長男、Gus Ottiくん。生まれつき少し器官が弱く、かわいそうに新生児の頃からよく咳をしていた。 

img057 020330 with Mbak Umi.jpg同じ日、こんなに普段集えないメンバーが集まったので、少し離れモスリムの街に住むお母さん、Umiに大勢で会いに行った。Umiは近くにいるのに頻繁に会えないことを嘆きながらも、いつものように私達を暖かく迎えてくれた。

img058 020331 大勢で海へ.jpg3月31日、みんなで海へ。子ども率、高!甥っ子たちは普段両親が共働きのためあまりどこにも連れて行ってもらってないので、キャッキャ言って喜んでいた。

img059 020525 家の前.jpg img060 020525 cidomoでお出かけ.jpg5月25日、cidomo(チドモ、馬車。ものすごくローカルだけど涼しくて運転手が汗臭くさえなければ安くて快適な乗り物)で街のショッピングモールへ。スモモも心地よい風を楽しんでたね!

img061 020526 夜8時.jpg5月26日、Bi’MegaとRian、Gek Mithaとベッドで遊ぶスモモ。

ここロンボク島では、電力が不足しているからか、このところ3日に1回は夕方6時から夜9時くらいまで完全にmati lampu(停電)になる。夜のこの時間帯って一番電気を使うよね。だから電気なしではなんにもできない。電気が明々と灯っているのは、近くのテレコムとお金持ちの自家発電装置のある家だけ。日本から来てすぐの頃は、停電って馴れなくて、やりたいことができないし、ろうそくの灯だけで過ごさないといけないし、不満だらけだった。でも周りの家族や友人は、ろうそくの灯で普通に生活してる。そのうち、私も、真っ暗な時には夜空の星の本当にきれいなこと(流れ星なんていっぱい見つけられた!)、ろうそくの灯で書いた手紙はなんだかロマンチックに仕上がること、何もすることがないので家族で灯を囲んで色々と語り合うことなどに喜びを感じるようになった。9時になると急に電気が点くので、そのまぶしさに一瞬目がくらんだり。でもこの停電があることで、普段何気なく使っている電気のありがたさをしみじみと実感した。

img062 020531 離乳食.jpg5月31日、遊んでばっかで離乳食を食べなくて叱られたスモモ。マンマだよ!

img063 020601 Lap.jpg6月1日、たらいで機嫌よくチャプチャプmandiのスモモ。満面の笑み!お湯が白いのは、日本の母がスキナベーブを送ってくれたから。この香りがスモモも私も大好き。

img064 020617 ditirta-in .jpg6月17日、CakraのNi’MaにTirta(聖水)で清めてもらっているスモモ。

img065 020617.jpg img066 020617 Natab.jpg   img067 020620 7bulan.jpg←Pekakに抱っこされるスモモ

img069 020622.jpg6月22日、バリ暦の6ヶ月の盛大な儀式。家族親類大集合リターンズ。

この時の私のkebaya(民族衣装の羽織りもの)は、儀式のお祝いとして大好きなBi’ Ayuが反物でくれたのを仕立てたもの。既成品とか、ポリエステルのような化学繊維ではなく、体のサイズを詳しく測り、オーダーメイドで仕立ててもらったこのkebayaは、シルクで、私の持つどれよりも着心地がよく、刺繍が豪華で、どこへ着ていっても恥ずかしくないし、一番気に入っている。

img070 020622.jpg img079 020622.jpg img080 020622.jpg かごの中には鶏とかを入れ、その周りを丸太を抱えた人、白い糸の束を抱えた人、スモモを抱いたAjik、何を抱えたか忘れた私とかみんなでぐるぐる回った。その抱えているものの意味をひとつひとつ聞いたのに覚え切れなくて残念。この子が将来何に長けているのかを占うらしい。たらいに浮かべた色んなもののなかで、スモモは木片になにやら字をかいたものをつかんだ。で結果は・・・何だったっけ・・・。文学に長けた子になる、とかだったような気がする。大事な儀式だったのに、内容をよく覚えてなくてごめん、スモモ!

img081 020622.jpg img082 020622.jpg 何でか、こういう儀式のときにスモモは大泣きするんだよね。何かを感じているのかもね、と年配のおばあさんが言った。何か霊的なもの?

img083 020715.jpg 7月15日、帰国真近の私達が無事に帰り、私達の未来が明るいものになるようにと、出発前の儀式。

img084 020715.jpg img085 020715.jpg 今日の儀式ではニコニコのスモモ。                            

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