日記 カテゴリーのアーカイブ

110点

2010年09月02日 木曜日 19:00:33

Dear Yacchann, 0860

 相変わらず暑い日が続いています。まさに残暑です。

 ふと、ある先生の夢を見ました。それは中学校時代のシチュエーションで、三年の時の担任O先生、あだ名が「ピラ」という数学の担当が出てくる夢でした。後年、このピラ先生は同級生に、「一回でいいからJoeと酒が飲みたい」と言っていたということです。一年の時が数学は3で、二年生の時は4で、三年で5の評価をもらったのでした。この先生の採点の速さはすごくて、例えば一時間目が数学の試験だとすると、三時限目の始まる前に、全員の採点を終えて、答案用紙を返してくれていました。この先生には中学2年生と3年生の二年間おせわになりましたが、2年生の時には、全てのテストが100点だったのに、評価は4でした。何でも授業態度が悪いのだと言う事でした。三年生になって2学期の時のこのピラのテストが、満点が110点だった事がありました。明らかな出題のミスでした。私は満点の110点をとったのです。一学期から数学の評価は、やっと5になっていました。通知表には、110点ではなく、100点と書かれていました。中学三年の成績は、苦手な体育も含めて、理科以外は全て5でした。理科は、二学期は5だったのですが、最後に4になってしまいました。理科の担当はM先生、あだ名が「サンペイチャン」でした。シビアな結果でした。ところで、何故「ピラ」と言うかと言うと、横顔の鼻の形が、ピラミッドみたいだからだと言われていました。「サンペイチャン」は、Mという苗字になる前の旧姓が「三瓶」だったからです。お婿さんに行ったのがアダとなって、あだ名が付けられたのでした。あだ名のある先生たちは、あだ名の無い先生方より人気と言うか、信頼関係が多くありました。

 ではまた!

September 2nd, 19:00

Sincerely yours, from Joe

 

ヤフオクにはまる

2010年09月01日 水曜日 23:00:56

Dear Yacchann, 0859

 今日は、ヤフーオークションで一日盛り上がりました。欲しかったDVDが出ていて、5枚ほど、オークションに入札してみました。さて、どうなる事やら。

 ではまた!

September 1st, 23:00

Sincerely yours, from Joe

 

相変わらずの引きこもり

2010年08月31日 火曜日 23:00:00

Dear Yacchann, 0858

 今日は、一歩も外には出ないで、ビデオテープをDVDに焼き付ける作業ばかりをやっていました。

 食欲もなく、あれもこれもやらなければならない事があるのですが、なんだかやる気がしません。

 八月最後の日なのに、政治の方はどうなっているのでしょうか。

 ではまた!

August 31st, 23:00

Sincerely yours, from Joe

 

やっと三分の一

2010年08月30日 月曜日 23:00:30

Dear Yacchann, 0857

 今日は、夕方まで眠りこけていました。なかなか寝つられずにいたので、いつもの倍の眠剤を飲んだからでしょう。

 さて、私の映画コレクションですが、外付けHDDのやっと三分の一の500ギガまでたまりました。手持ちの全てのDVDと、残っているビデオテープの約半分が入りました。DVD-Rがもったいないので、DVD-RWを使って、効率よく溜め込んでいます。1.5テラというyキャパシティは正解のようです。Audrey Hepburnの映画だけで、10本を超えたようです。彼女の映画は、若い時のもの、モノクロの映画までです。まあ、カラーになってからの映画は「Breakfast At Tiffany’s」まででしょう。歳をとってからの作品は、余り好きになれません。

 ではまた!

August 30th, 23:00

Sincerely yours, from Joe

 

やっちゃんの団地がTVに

2010年08月29日 日曜日 20:00:29

Dear Yacchann, 0856

 昨晩の、「土曜ワイド劇場・百の資格を持つ女」で、やっちゃんの住んでいる団地が、ロケ地になって、やっちゃんの家の周りがTVに映りました。

 私たちの住んでいる水海道と言う所は、以前からテレビや映画のロケに使われています。市役所や、総合病院、あちらこちらの住宅等、市が率先して誘致しているのです。やっちゃんの家のドアや、階段のおどり場などがドラマに使われていました。

 こんな事もあるんですね。

 ではまた!

August 29th, 20:00

Sincerely yours, from Joe

 

シンエイチャンとイズミダ先生

2010年08月28日 土曜日 17:00:17

Dear Yacchann, 0855

 高校に入って、英語の予習だけはやっていました。一年の時に、担任で英語の担当だったシンエイチャンという先生は、かの米内光政のご子息でした。米内光政は、石川啄木とか宮澤賢治らと同じく、私の高校の先輩に当たります。そのせいか、第二次世界大戦の頃の、日本海軍の紳士的なあり方には好感を持っていました。シンエイチャンのおかげで、英語の重要性を嫌というほど叩き込まれました。高校に入って、最初の洗礼は、「右」の思想でした。三年の時には、また英語の担任で、東大を訳あって中退したイズミダ先生でした。そのせいか、やたら革新的な方で、私自身も影響をうけました。中退が、三年の九月でしたが、大学へ進学するという条件付でした。その約束はきちんと守りました。このイズミダ先生は、数多い生徒たちのなかで、私の家には大学院を終わるまで、年賀状を下さっていました。

 私は、この二人の英語の先生のおかげで、人生が開けたと思っています。父も英語だけは大切にしろと言っていて、奇遇にも父とおなじ英語専門学校へ入学しました。入学した時には、父が大学生の時に通っていたとは知りませんでした。まったくの偶然です。

 英語は「武器」であると心底思っています。

 ではまた!

August 28th, 17:00

Sincerely yours, from Joe

 

 

暑い時に思い出すある事

2010年08月27日 金曜日 17:00:11

Dear Yacchann, 0854

 それは、新聞配達をしながら、英語専門学校に通っている時の思い出です。とても暑い日に、いつものように古本屋へ行きました。そこには「研究社の英和大辞典」がありました。いつも物欲しげに眺めては帰る習慣のようになっていました。その古本屋のおやじが、「買わないなら帰れ」と私を追い出しました。何回かそんな事が続きました。値段は3000円でした。当時の給料の三分の一でした。そんな事をしていたある日、古本屋のおやじが、私に、その大辞典をくれるというのです。さぞや欲しいのだろうと、気を使ってくれたのです。私は何度もお礼を言いながら、その辞典を持って帰りました。この大辞典はその後、大学に入ってからも、大学院でも、とても便利に使ったものです。中学の時に無理をして買った、「三省堂のコンサイス英和辞典」は、学友に、「もし引いていないページがあったら1000円出すよ」と言っては、引ききって斜めにひしゃげたコンサイスを見せびらかしたものです。中学生の時から、高校入試、大学入試、大学院入試まで使ったのでした。中学と高校では赤鉛筆で、大学以降は黄色の色鉛筆で引いた単語をマークしていました。さすがに大学院の授業では、コンサイスでは歯が立ちません。第二外国語は、易しそうに感じたドイツ語をとったのですが、あまり皆が使わない「木村・相良 独和辞典」を使いました。これも、かなり引いて、大抵のページは、引ききっていました。

 あの時の古本屋のおやじさんは、汗だくで、店を開いていたのです。新品同様の英和大辞典が、暑い夏の思い出です。

 ではまた!

August 27th, 17:00

Sincerely yours, from Joe

 

重い

2010年08月27日 金曜日 13:28:56

Dear Yacchann, 0853

 色々な外付けのデヴァイスが増えた為か、パソコン自体の起動やアクセスが重くなった気がします。特に、本体のHDDへの書き込みや読み出しが遅く感じられます。

 また、今やっているVHFからDVDへ、そして外付けHDDへの書き込みのペースが落ちてきています。30枚買ったDVD-RWが、規格はあっているものの、相性が悪く、レコーダーで初期化できません。しかたがないのでPCに外付けしてあるDVDマルチに再度書き込みをして、使っています。TDKのがダメで、マクセルのは大丈夫です。どんなに新しい規格になっても対応して欲しいです。

 ではまた!

August 26th, 23:00

Sincerely yours, from Joe

 

億劫

2010年08月25日 水曜日 20:00:39

Dear Yacchann, 0852

 今日もうだるような暑さで、気分も乗らず、何をするのも億劫(億劫・おっくう・面倒くさくて気が進まないこと・[株式会社岩波書店 広辞苑第六版])でした。

 薬を飲むのも、買い物に出かけるのも、パソコンの電源を入れるのも、けだるい一日でした。

 ではまた!

August 25th, 20:00

Sincerely yours, from Joe

 

鯨カツ定食

2010年08月24日 火曜日 18:00:58

Dear Yacchann, 0851

 今日も猛暑日です。ここの所、熱帯夜も続いているようです。

 さて、私が高校を中退して、ロゴス英語専門学校(目白)に通っていた時、昼食は、外食しなければなりませんでした。一番多く通ったのは、新宿西口を出て、「しょんべん横丁」と呼ばれていた一角に、「鯨カツ定食」を出す食堂があって、それを毎日のように食べていました。値段は100円で、大変助かりました。また、南青山に「ケンタッキー・フライド・チキン」が開店した時には、そこのランチ定食にはまりました。値段は200円で、フライド・ポテトにコールスロー、それにワン・ピースのフライド・チキンがついていました。とても懐かしいです。その頃の手取りの給料は、住み込み、朝と夕食が付いて、9000円程だったので、昼食にあまりお金をかける訳にはいきませんでした。南青山を出て、池袋にアパートを借りて住んでいた頃には、近所の食堂で、一食150円位の食事をしたのですが、とても空腹を満たすものではありませんでした。初めてその食堂に行った時、オーダーしたのは、「オニオンスライス」でした。今では、漫才のネタになっていますが、当時の私の生活費では、1円でも安い食事を求めていたのです。空腹に耐えられず、古本屋に手持ちの文庫を、牛乳ビンを入れる箱を二つ売りにいったのですが、食事1回分にしかなりませんでした。池袋へ引っ越したのは、ロゴス英語専門学校が近かったからです。ちなみに、後になって知ったのですが、やっちゃんhこの学校の先輩でした。バイトに、TACのキッチンで、皿洗いをしていました。何より助かったのは従業員食堂の食事でした。私はそこで、満腹感を得る事が出来ました。

 ではまた!

August 24th, 18:00

Sincerely yours, from Joe